横浜〜福岡1100km!移住デザイナーの日々つれづれ。

横浜から福岡へ移住しました。日々思ったことを淡々と綴ります。

横浜を離れる事に決めた。

 そもそもなぜ福岡なのか。

 

私は神奈川県横浜市から福岡県太宰府市へ、2013年8月に家族共々移住してきた。

なにしろ当時2歳半の娘と東京で総合職として働く妻と、東京で普通に会社員として働いていた自分が、なぜ福岡へ移住しようと思ったのか…。

それは「東日本大震災による福島第一原発の事故による放射能汚染による健康被害の懸念」からである。

思えば4年8ヶ月前の3月11日、ご承知のとおり14時46分東日本大震災が発生し、東北南関東一帯は甚大な被害を被ってしまったのは周知の通り。

その3月11日に、自分の家族は生まれて3ヶ月になろうとしている娘を、生まれてしばらく過ごしていた奥さんの実家から自分の家に連れ帰って、これから家族3人で慎ましい生活が始めようと思っていた矢先の出来事、、、、。

その日自分は有給休暇をとり、自宅から車で20分の奥さんの実家から娘の荷物を自宅に運ぶため、車に荷物を運び入れていたその時に起こった出来事。

その時の東京や横浜のパニック状態は今思うとこの世の末かと思うくらい、感じたことのない不安でいっぱいで、生まれて3ヶ月の娘を抱いて、ただただオロオロすることしかできず、なんて自分は無力なんだと思い知らされたものだった。

それから数ヶ月、ネットで情報を集め続け、爆発した福島第一原発による放射能汚染が、ここ横浜にも一定の汚染がある事実を認識し、娘の将来と生命の事を考えたら、ここ横浜も子供にとってはもう長く暮らせる土地じゃないんじゃないかという結論に至り、家族や親類を説得。

 


福岡を移住候補に挙げた理由は

・まず自分の職種(デザイン関連)の仕事がある可能性が高い事

・ある程度暮らしやすい大きい都市である事

・入手できる食材が汚染の可能性が低い事

 


妻も自分も神奈川と東京で生まれ育ち、地方での生活の経験がまったくない中、ある程度の都市機能がないと暮らしていけないだろう事は、なんとなく感じていた。
ましてや幼い娘を連れての移住であり、失敗はできないというプレッシャー。

他にも理由はあるが、おおむね上記の理由を基準に、約一年半がかりで福岡での仕事を探し、無事移住完了となったわけである。 

 

 

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横浜からのトリップメータ1099キロ!

 

 

起こった事の受け止め方や判断は人それぞれだと思うし正解はない。
ただ、自分は子供の将来のリスクと引換えにはできなかった。

 

そうして移住して二年と半年が過ぎようとしている今、ようやく自分も地域のコミュニティーになじみ始め、友人知人もでき、たのしく日常を過ごす事が出来ているのも、受け入れてくださった地域の方々や知り合えた人々の優しい気遣いや気持ちに支えられて、なんとか日常を滞りなく過ごすことが出来ている事に感謝せずにはいられない。
とはいえ、こちらに移り住んで知り合う方によく聞かれたのは、

「どうして福岡へ来られたんですか?」

「転勤か何かでこちらへ?」

「今よくある田舎暮らしの移住とか?」

など、よく聞かれたものですが、そういうやりとりの中でもなかなか本当の理由を伝えたところで、

「理由はわかったけど、神奈川からなんで??」とか、

「福島で起こったことなのに??」とか

なかなか理解してもらえなかったのが、やや辛かった…。

まあそうだろう。九州からみたら、当時の震災と原発事故は東北・福島での出来事としか捉えられないのも無理はないかなと。

しかし27年前の旧ソビエトで起こったチェルノブイリ原発事故での被害や汚染を今回の福島での原発事故と比べて、これはチェルノブイリと同じ道を辿るだろうと思った。

決して福島周辺だけではなく、東京をはじめ、関東一帯がもう汚染されたしまった事実があった。

その事実を受け入れるだけでも自分にはある程度の時間が必要だった。

まあそんな訳で九州・福岡へ移住してきたわけだが、せっかく食べ物もおいしく、温泉もそこらじゅうにあり、海も山も近く子供にとってもよりよい環境に住めるのだから、今の環境や生活を思うように楽しむしかない!

まだまだこれからどんどん九州・福岡の事を知って、自分や家族、子供の人生を充実したものにして行きたいと思っている。

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横浜の旧自宅ベランダからの眺め。引越し当日荷物をすべて運び出した最後に撮った。