横浜〜福岡1100km!移住デザイナーの日々つれづれ。

横浜から福岡へ移住しました。日々思ったことを淡々と綴ります。

福岡への移住は実現するのか!?

唯一反省すべき点は「情報を集め始めたタイミング」。

2011年秋頃から2013春頃にかけては、東京で制作会社に勤めながら毎日必死で九州での仕事探しや情報収集に努めていた。なにしろ移住しようと決めたにもかかわらず、行った事もない土地の事のことを何ひとつ知らない。使ったツールといえば主に「ネット」。ネット上には他にも同じように関東からの移住希望の家族や、放射能汚染健康被害を懸念しながらも今住んでいる場所をいろんな事情から離れる事ができず悩んでいる主婦の方など、それこそいろんな情報が氾濫していた。そこで感じたのは、おおむね移住に関する捉え方として二種類の考え方があることを感じた。一つは、汚染を認識しながらも自分が現在住んでいる場所を離れたくないという考え。わかってはいるけど、現実的には難しいよね、仕方ない。と捉えてる人。

もう一つは、何がなんでも子供を守るんだ、必ず移住を実現させるぞ!という人。

自分の立場はもちろん後者であったが、唯一反省すべき点は、情報を集めた始めたのが遅かった事と、途中なんとなく変わらずこのまま日々過ぎていくので、ひょっとしたら大丈夫なんじゃないか、って思い考えが揺れてしまった事。そういった理由から震災から二年強経ってかたらの移住になってしまった。
実際2011年3月12日に福島第一原発が爆発し、その日には品川駅には新幹線で西へ逃げようとする親子でごった返していたとう情報もあった。ただ実際テレビや新聞などのメディアでは、いっさいこれを報じていなかった。

このときの自分は、まだ放射能汚染による危機感を感じておらず、ただ「本当に大変な事が起こってしまった」「東北、福島は大変な事になってしまったな」というレベル。地震の揺れについては横浜でも震度5強の揺れが数分間続き、ついにふたたび関東大震災が来たか!と思ったものだが。今思うと本当におめでたい情報収集レベルだったと思う。

 

f:id:juns0714:20151116225432j:plain

移住計画の中で何度か福岡を訪れた。

 

 

旅行や遊びでも訪れた事のない福岡へ降り立って感じた事。

 

ようやく福岡での転職先も決まって、住居探しに何度か福岡へ訪れたのが2013年4月から6月にかけて。妻と二人で、かなり前から住む場所をあらかじめ下調べし、福岡の治安や医療施設や生活情報、子供が学校に上がる時の事を考え、地域や校区による教育意識の差があるかなどの情報を集めた。
自分としては事前に福岡に対する情報を詰め込んでいたつもりだったが、事前に探しておいた不動産物件をいざ下見に行こうと、二泊三日の滞在で福岡の不動産屋に妻と訪れた時そこはやはり地方都市。見に行った街の不動産物件が福岡郊外だったのもあるが、いわゆる神奈川横浜におけるその「郊外感」とは微妙に空気感が違っていて、自分はまあこんな感じだろうと受け止めていたが、妻にとっては少々受け入れづらかったらしく、福岡中心部から10数キロしか離れていない街でも、東京や横浜におけるその同じ距離感とは絶対的に違うと感じたらしい。
そういった矢先、天神の滞在先のホテルにほど近いところでお腹を空かし、夕食を食べようとお店を探していたところ、どこになにがあるかもわからず、適当に見つけて飛び込みで入ろうとした和食屋さんが、どうやら有名な人気店らしく、ウチは予約なしじゃ入れないよ!と門前払い…。

こういうことか。見知らぬ土地で暮らして行くこと。それはいくら事前にネットや本で知識を得てわかったつもりであっても、実際その場に行って体感する感覚ということ。少々おおげさかもしれないが、自分たちが生まれ育ち、青春時代や若かりし頃を過ごした、なんでもわかっている、いわゆるそれまでの思い出や土地感覚が染み付いた場所ではまったくないという現実を突きつけられた瞬間だった。
それから妻とはどうやら同じようなものを感じたらしく、いい大人がいい時間に言葉もなく、ただ二人でしょんぼりと天神の街のはずれをお腹を空かして歩き続け、ようやく入った店はこういってはなんだがチェーン店らしき居酒屋だった気がする。
自分は福岡へ移り住んだ瞬間からなんとかこの土地の文化や慣習を受け入れ、そして自分を受け入れてもらい、なんとか家族の生活を安定せねばと思って暮らしてきたが、今思うとそのスイッチが一瞬にして入ったのは、この経験があった瞬間からかもしれない。

f:id:juns0714:20151116225557j:plain

初めて訪れた福岡・天神でいろいろな事を感じた。