横浜〜福岡1100km!移住デザイナーの日々つれづれ。

横浜から福岡へ移住しました。日々思ったことを淡々と綴ります。

嫌われる勇気。

 

 

正直に言うと自分は深く考えすぎるところがあり、

そういう性格のおかげもあって、

やや損をしているのかもしれないという自覚がある。

たとえば会社の仕事では、ひとつの案件では提出のタイミングが数回あるもの。

その数回ある提出に間に合うように自分で作業のタイムスケジュールを組み、

それをざっくりと一日単位の作業時間に割り当てる。

もちろんイレギュラーな事が起こった場合の時間的な余裕も見積もっておく。

 

そうやって自分の作業量を明確にしておけば、

時間の管理がしやすく、無駄な残業など理屈的にはしなくても済むはずだ。

それなのに、なぜか自分の仕事が終わっていながら、

定時以降の退社時間を自分で決める事ができず、

なかなか帰る事ができない。

 

 

f:id:juns0714:20151225172948j:plain

 

 

同僚や他部門でまだ残っている人間に無駄に気を使ってしまう。

その気持ちはどこから来るのかというと、

人が忙しい中自分だけ帰っていいのか?

もし帰ったらひどいヤツだと思われるんじゃないか?

と、まったくわかるはずのない他人の頭の中を必要以上に気にしてしまい、

その結果自分の行動を自分自身で決定できない。

一般的にどこかの組織で勤めたことのある人は、

少なからず一度くらいはそういう気持ちになったことがあるはずだ。

 

もちろんやるべき仕事が残っていて、

その業務をほったらかして帰ってしまうのはもちろん論外だが、

その日の仕事のタイムスケジュールを組んだ上、

それを忠実にこなしたのだから、

誰になにを言われる筋合いもないはず。

 

会社の退社時間なんて単なるエピソードのひとつだが、

人はなぜそこまで人の目や頭の中を気にしまうのか。

人はなぜそんなに他人に自分がどう思われるか気にしているのか。

少なくとも自分に於いては、

それは自分自身を他人軸の価値観で存在させてしまっているからだった。

他人の価値観や意思に、自分の存在、価値をゆだねてしまっていた。

 

他人が自分をどう思うか、他人が自分をどう判断するか。

他人よって映っている自分を、

自分自身で受け入れようとして必死になっている状態だった。

他人によって作られた自分のイメージに、わざわざ自分から合わせようとしていた。

まったくもって自分の軸で生きていないし、

まったく自分の人生の時間に責任を持っていない。

 

 

f:id:juns0714:20151225173508j:plain

 

 

これだけ長い時間を生きてきていながら、

実際のところ自分の人生を生きた時間はどのくらいなんだろう。

人の目や考えを気にしながら批判や反発を受けるのが怖いから、

嫌われないように他人に自分の軸をゆだねてしまう。

本当に好きだと思ってやっていたことさえも、

実は無意識に自分の深層心理には他人軸が居座っていたんじゃないかとさえ思う。

 

他人が自分をどう思うかは自分にはどうする事もできない。

たとえ他人が自分を嫌おうとも、

それは自分の問題ではなく相手の課題であるとアドラー心理学では言っている。

これからは他人が自分の生き方、行動に何を言われようが、

それは相手の課題だと切り捨てよう。

人間誰しも一分一秒を死に向かって生きている。

他人の課題に寄り添って生きてしまうなんてもったいない。

人生の軸は自分にある。

 

 

この記事を読んでそんな事を思った。

toyokeizai.net

 

 

鈴木順也 Junya Suzuki:juns0714

Facebook:https://www.facebook.com/suzuki.junya.5

 Twitterhttps://twitter.com/j_nyszk