横浜〜福岡1100km!移住デザイナーの日々つれづれ。

横浜から福岡へ移住しました。日々思ったことを淡々と綴ります。

「役割」について考えてみた。

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人にとっての悩みといえばいろいろあるが、

誰にとっても一番大きなところは、「人間関係」と「お金」じゃないだろうか。

一般的な生活を送っている人にとっては、

大体この二つのことで悩むことが多くないなだろうか。

 

たとえば人間関係。

ある人と雑談をしていて、人は誰でも役割を担っていて、

それを全うするように行動しており、

その役割を担う対象から常に評価をされている。

 

会社に行けば役職なりの役割があり、同じ会社の中でも上司からみた自分の役割、

部下みた自分の役割、隣の同僚からみた自分の役割。

家に帰れば、結婚している人なら奥さんからみた夫としての自分の役割、

子供からみた父親としての役割。

 

こうして人は自分自身の人格はひとつなのに、

他人からみたいくつもの役割を同時に担っている。

またその役割を全うしなければ、とたんに人間関係の悪化に繋がりかねない。

逆に言えば、他人にとっての自分に与えられた役割を、

その人にとって最適化して全うできてさえいれば、

少なくともその人との人間関係は悪化することはないし、

その人にとっての自分は、とても心地よい存在として認められるんじゃないだろうか。

 

たとえば会社の上司からみた自分の役割ってなんだろう、と考えてみる。

おそらく上司は、

「これくらい言わないでもやっておいて欲しい」

とか、

「言わないでも察して進めていてほしい」

とか、

「上司である自分が言わなきゃならない状況をできれば作ってほしくない、面倒だ」

などと思っているはずだと仮定したら、

これを実現できたとなる定義を見極め、それを粛々と実行するのみだ。

 

たとえば、家に帰り、自分の奥さんからみた自分の役割ってなんだろう、

と考えてみる。

たとえば子供とお風呂に入りコミュニケーションを取る事だったり、

奥さんが料理を作ってくれたなら洗い物は自分がやる事だったり、

奥さんの会社の仕事の悩みを聞き、支えてあげたり。

 

たとえば子供からみた自分の役割ってなんだろうと考えてみる。

それは、一緒に公園に行って遊んであげたり、

子供の自転車での散歩に付き合ってあげて背中を押してあげる事だったり、

さみしくなって抱っこをせがまれたら、よしよし、って抱きしめて、

背中をポンポン、ってたたいて可愛がることだったり。

 

自分以外の存在は、自分に対してなにかしらの期待を持って接してくる。

それが自分の役割なんだと思う。

役割は自分で決めるものだと今までは思っていたが、

相手の心に届かない役割を全うしたとしても、

それはただの一人よがりじゃないか。

そうやって人と人が、こうしてほしい、自分をわかってほしい、

今それをして欲しいんじゃない、今はあなたにこうであってほしい、

 

などなど。

 

人は誰しもどんな関係性でも、人に対して無意識に期待して求めてしまうだろうし、

逆に考えたら、その無意識に期待したものを的確に掴んで、

相手がして欲しい事を今してあげたら、

その人にとって、自分の存在は一瞬にして、

「この人は私のこと、僕のことをわかってくれた」

となるんじゃないだろうか。

 

そこに人間は弱い存在だから、

誰しもついつい「そうは言われても自分をわかってほしい」

という欲求が生まれているんだと思う。

 

とくに今、自分の役割がうまく果たせていない、という自覚はないが、

人に聞いた話しでせっかく気付いたことだから、

自分は自分の役割がいろいろな場面で果たせているか、

定期的にチェックしてみようと思う。

 

Junya Suzuki:juns0714