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横浜〜福岡1100km!移住デザイナーの日々つれづれ。

横浜から福岡へ移住しました。日々思ったことを淡々と綴ります。

あらゆる「揉め事」を引き起こすたった一つの理由。

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人はどんな人でも他人と関わって生きているだろうし、
子供から大人へ成長していく過程で、
その時その時のいろいろな人が集まるコミュニティに属して日々生活、活動している。
一人きりで山にこもって自給自足生活をしている人とかではない限り、
この現代社会で生きていればどんな人でもたぶんそうなっているはず。

保育園や幼稚園に通っていれば、そこに集まる人間、そこで仕事をしている保母さん、
関わっている親。小学校、中学校、高校でもそう。
社会に出て就職し会社で働き始めれば、上司、同僚、後輩、先輩、部下。
趣味のサークルに所属すれば、老若男女問わずそこに集まってくる人たち。

などなど、人は誰でもその時々の自分を取り巻く、
どこかしらのコミュニティにおのずと所属して生きている。
ところがやっかいな事に、
コミュニティやグループなどの関わりや人の集まりができれば、
必ず起こるのが「揉め事」なわけで、
この「揉め事」の根本原因がなんであるのかと自分なりに考えてみたんだけど、
どんな「揉め事」にも必ず個々の根底にある、
自分が大事であるからこその「わかってほしい」気持ちがあるんだろう。

人をいじめる人、自分と意見が合わない人を攻撃する人、
普通はこうでしょう!?だからこうするものでしょう!?
などと、誰しも自分だけの価値基準を、
いろんな人格が集まってできているコニュニティの中でぶつけて、
それが受け入れてもらえないと「攻撃」に転じる人もいれば、
関わりを断つ人もいる。そしてそれはやがて「揉め事」に発展する。

人は誰でも自分の事を無条件にわかってほしい。
無条件に受け入れて欲しくて、ただ自分自身の存在が大切で、
人間本来の機能として自分自身が「生きてく」ために、
その自分だけの領域を侵された感覚になるのが受け入れられないんだろうか。

だけど自分自身を最大限アピールして、
自分はこんな人間なんだよ、って表現しても、
他人とはどうしても「捉え方」の違いで揉め事が起こるのは当然で、
その時に他人は他人の主観があって、お互いその自分だけの主観を
どう擦り合わせて認め合っていくかなんだと思う。

 

結局「自分を受け入れてほしいから」。

 

人は誰でも生まれてから何年も、その人「だけ」の環境で育ってきて、
その環境から受けた影響によりその個人の価値判断基準が出来上がっているから、
その人個人が、その価値判断基準を自分で作り上げたことではない。
生まれてからその人格を形成される、その「環境」によって形成された人格だ。
その人個人がそういう人格になりたくてなったわけではないし、
そうしてできたその人「個人」を否定することはできない。
だって、仮にその人が違う両親の元に生まれ、違う環境で育ったら、
また違う人格になってたわけだから。
そんな唯一の環境で育ってきたこの自分を「受け入れてほしい」。
みんながみんな、そう思っている。

職場の異動や新入社員との関係、学校入学など、
人間関係が変化する4月から約一ヶ月経とうとしているけど、
そろそろ自分の周囲を取り巻く人がどんな人格なのか、
ぼんやり見えてくるこの五月初めにそんな事を考えてみた。

 

福岡に移住してきました☆
グラフィックデザイナー:鈴木順
Junya Suzuki:juns0714

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