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横浜〜福岡1100km!移住デザイナーの日々つれづれ。

横浜から福岡へ移住しました。日々思ったことを淡々と綴ります。

人になにかを「伝える」事の難しさ。

人は誰でも大人になれば、自分が得意な事、不得意な事の分別くらいは
当然のようについてくるもの。
それでふと自分が好きな事、嫌いな事、好きだけど上手くない事、
嫌いだけどわりと得意な事などについて考えてみた。

自分が好きな事ってなんだろう。
自分でいうのもなんだけど、
基本受注商売である普段の生業としてるデザイナーという仕事柄、
受け身でいる事が多いんですが、
意外に発信したり、人になにかを伝える事が好きだったりする。

その昔、将来どんな仕事に就こうかぼんやりと考えていた頃、
漠然と「教師」とか「ジャーナリスト」という選択肢が自分の中に少しだけあった。
というか、選択できる余地があったどうかは疑問だけど、単純に興味があった。

それはなぜかというと、自分で見たり聞いたり学んだりした事を、
まだそれを知らない人に伝えて知ってもらえたら、
その人からすれば知らない事を自分を介して知ることができ、
選択肢や価値観が一つ増えるわけで、
その人に対してなんらかの影響を自分が与える事ができたら、
自分の存在価値を確認できるんじゃないかと考えたから。


これって実は他人に素晴らしい価値を提供しているかのように錯覚するけど、
今思えば、実は自分の存在を他人に自分の考え方や知識を伝えることで、
他人の中に自分に対する存在価値を見出そうとしていたのかもしれない。
実に自分勝手なエゴであるとも思った。

とはいえ、少なくとも自分は他人と違う人格であり、
過去に経験してきたこと、そこで培ってきた価値観、
とにかくなにもかもが他人とは異なっているわけだから、
そんな他人に対してなにかを伝えるという作業、
自分の考えていることや培ってきた価値観を伝えることって、
とてつもなく難しく感じるのもまた事実。

人は必ず、言葉によって誰かからなんらかの情報を受け取る時、
他人から発せられた言葉やその意味を、
自分が経験してきたことや価値観の中ですり合わせて受け取っているはずで、
その「擦り合わせ方」が異なっていると、
後々お互いが考えていることが違うじゃないか!ということになり、
相手を拒絶したり受け入れなくなったりするんだろうと思う。

人は誰でも必ず他人に対して「不寛容」だという事を聞いた。
相手を受け入れない、という事だ。
その「不寛容」というのは、結局自分の生存欲求のなせる技で、
他人によって自分の存在が危ぶまれる時に発生する心理らしい。
なるほど、自分が自分ではなくなったり、自分の存在が受け入れられない、
となれば、誰だって全力でそれを阻止したくなるはずだ。

そこで思ったのは、
「分かり合えない事を憎まない」
「お互いが分かり合えないことをまず分かり合う」
という事なんじゃないかと思う。

誰かの曲の歌詞にもあったけど、自分以外は自分じゃないから、
そりゃ誰だって自分以外の考え方や価値観はわからなくて当然だ。

冒頭にも書いたが、自分はなにかを伝えたくてデザイナーという職業を選び、
少なくとも今もこうしてデザインでなにかを伝える事を生業としているわけで、
二十数年伝えようとして生きてきているわけだけど、
まだまだ本当に人になにかを伝えることの難しさより難しいことって
ないんじゃないかと思えてならない。

好きだと思って始めた仕事だから、楽しいと感じたり、
達成感を得られたりするのも事実だけど、
伝えることの難しさを解決したいという思いも同時に、
自分の中に永遠のテーマとして鎮座することとなった。

人になにかを伝えて、そして分かり合えて共感し合えることが好きだけど、
本当にそれが自分が得意なのかはわからない。
少なくとも不得意なら不得意なりに、うまくやろう、とか、取り繕うとかせずに、
人に対して自分に正直に、楽しみながら自分を伝えられれば、
それが人に一番伝わる唯一の方法なのかもしれない。

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