横浜〜福岡1100km!移住デザイナーの日々つれづれ。

横浜から福岡へ移住しました。日々思ったことを淡々と綴ります。

好きな事を「好きだ」というほんの少しの勇気がもたらすもの。

昔、といっても今からおよそ11〜12年ほど前、
完全に自分を見失っていた時期があり、その時期がとても辛いことを覚えている。
自分が好きなモノやコトがまったくわからなくなった時期があった。


30代も中盤に差し掛かる頃、
自分がこれまで経験してきた仕事のキャリアや、
好きだと思って続けていた趣味、
聞いていた音楽、着ていた洋服。

自分を形作るすべての要素が、
自分自身で受け入れられなくなった。
というか捨てなければいけないという呪縛のようなものに囚われていた。
「自分」とはなんだろう、「自分の存在」とはどんな意味があるのだろう。
自分の価値観がすべてちぐはぐ。
内面も外見もすべてちぐはく。
自分の事を見ている人からすれば、どういう人なんだ、この人は!?
という感覚だっただろうと思う。

それはなぜか。
世間一般の物差しでいうと
30代中盤とは仕事もそれなりに中堅からベテランに差し掛かる頃だと言われ、
大人すぎず若者過ぎない、ある意味中途半端な年齢のゾーンだと、
その頃読んだ雑誌のコラムかなにかに書いてあった。

確かにそうであり、大人といえば大人だけど、
熟した深みのようなものを醸し出すにはまだ若すぎて、
とはいえまだまだ自分では若いと思っていても、
それこそ20代そこそこの若者と感覚は同じ!とでも思うものなら、
若者たちには一斉に白い目で見られる。

そんな時期である30代中盤にさしかかった頃に、
これまた自分の悪い癖だけど、
そんなつまらない一般論に囚われて、その一般論が安心するような
自分で「いなければならない」、と思い込んでいた。
はっきり言えば、自分のアイデンティティの崩壊寸前状態。
具体的に言えば、40代を目前にして、
世間でいうところの一般論が認める人間に早くならなければいけないと思っていて、
そしてそれは表面上の見た目やお金をかけたり持ち物を変えることで
簡単に手に入れられるものだろうと真剣に信じていたのだから、
もはや手の施しようのない無知であり、馬鹿だった。

「こうならなければいけない」と思い込んで、
その反面、自分で自分を否定したり、
いや、これでいいんだ!と肯定したりで迷い続けた辛い日々。
そして今は時が過ぎてそんな日々を過ごしたことで、
ようやくなにか自分に対して答えを道引く事が出来始めている時期なんだと思う。

今は誰でもこうして自分のブログやSNSで、
いとも簡単に自分の情報を発信することができる。
好きなモノを好きだと伝えたり、
自分はこういう事を考えている、
と伝えることができれば、
同じモノが好きで、考え方に共感を得られた、
まだ見知らぬ人たちとつながることができる。
そして分かり合える事ができる。

ほんの少しだけ勇気を出して、
自分はこれが「好き」なんだ、こういう考え方なんだというメッセージを、
ブログなりSNSで発信し続けてみたら、
なにか今までとは少し違った道や、自分が見えてくるのかもしれない。

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