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横浜〜福岡1100km!移住デザイナーの日々つれづれ。

横浜から福岡へ移住しました。日々思ったことを淡々と綴ります。

相手になげかける言葉・共感する気持ちの重要さ。

勤務先や趣味のサークル、家族関係や親戚関係など、

人は誰でもどこかしらのコミュニティに所属して、

なんらかの人間関係の中で生きている。

 

当然、誰でも自分から見た人間関係の世界は、

「自分」という存在が中心となり、「他人」の存在を「存在」させている。

 

誰でも自分だけの世界観や価値観をベースに人との関係を築いていくわけだから、

自分で自覚していずとも、当然ながら人との関係の中で

無意識的に「自分だったらこう考えるかな?」

という場面に連続的に出くわして日常を生活しているもの。

 

その連続的に出くわす、無意識的に感じている「自分だったらこう考えるかな」を、

そのまま自分の中で収めて自分の価値観として個人で勝手に蓄積していく分には、

他人からすればなんの弊害もないわけだけど、

稀にこの価値観を無理に人に押し付けるような言動をする人がいるのもまた事実。

 

他人の価値観は他人のものであり、決して自分のものではなく、

それは、他人の価値観の領域に踏み込むか否かは、

その人との関係の距離感や、立場や状況においての関係性によって

判断されるべきことなんじゃないかと思う訳です。

 

他人の感性や判断の基準は、

その人が生まれてから現在までの経験の蓄積の中で培ってきたものだから、

誰一人としてまったく同じ経験を共有している「他人」という存在はないはずで、

なのに安易に「あなたの事がわかるよ」とか、

あなたのその状況では「こうしたほうがいいよ」とか、

もっと突っ込んだ言い方だと、

「だからあなたはダメなんだよ」などと言ってしまうのは、

本当にそれを言われる人の身になって考えて言っているのか。

 

その人は本当にそういった言葉を欲しがっているのか?

 

個人が本当に感じていることや考えている事というのは、

自分は自分以外のその人じゃない訳だから、

個人で経験してきたそれまでの経験値や体験の蓄積によって、

細かいニュアンスは微妙に変わってくるはず。

だからその人とまったく同じように感じるのは無理な訳で、

いくら「そういう時はこうしたほうがいい」とか

「それってこういうものでしょ」と言われても、

それはそれを言うその人自身に蓄積された経験値の記憶の中から、

同じような場面の経験を引っ張り出した価値観そのものであり、

ましてや個人的な感情である、

「寂しい・悔しい・悲しい・残念・どうしていいかわからない」

という類の感情には、

「それってこういうものでしょ」

「そういう時はこうしたほうがいい」などと、

一筋縄に言えるものではないんじゃないだろうか。

 

人の心や感情に触れる部分に、いくら親しい仲とはいえ、

無自覚に踏み込んでこられると非常に戸惑うことがある。

自分も他人に対してそういった言動をしていないか、

心がけているつもりではいるけど、

一番大事だと思うのは、人の「心」や「気持ち」に寄り添う、

「共感」する気持ちであって、

解決策を提示してあげることではないんじゃないだろうか。

 

自分はそういった思いで人に言葉をかけてあげているだろうか?

少し自分でも振り返って考えてみる必要がありそうだ。

 

というのもこの僕も、

自分の心や気持ちに寄り添ってもらいたいと思ってしまう、

弱い人間の一人だからです。

 

 

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