横浜〜福岡1100km!移住デザイナーの日々つれづれ。

横浜から福岡へ移住しました。日々思ったことを淡々と綴ります。

人は恐怖や不安とその緊急度で物事を判断する。

 

人はなぜそれを手に入れようとするのか、

その物事の判断基準はなんなのか。

「人は恐怖や不安とその緊急度で物事を判断する。」

そんな話を最近誰かから聞いた。

 

自分になにか足りないものがあって、

それを手に入れたいと漠然と思っていても、

恐怖や不安の緊急度が低ければ、

今それを手に入れようとすることはしない。

逆に、恐怖や不安の緊急度が高ければ、

今すぐにでもそれを手にいれようとする。

 

物質、仕組み、システム、コミュニティなど。

自分にとって今なにが一番生きる上で必要不可欠か、

恐怖や不安の緊急度がひとつの判断基準になるらしい。

 

自分の話で言えば、たしかに今すぐ命の危険があるわけではないから、

それほど恐怖や不安を感じているわけではなく、

だから今持っているものや身を置いているコミュニティで生きている選択をしている。

もしくは恐怖や不安があっても、緊急度を自覚していないから

行動をするという判断をしていないだけかもしれない。

 

たしかに。

 

自分の話で言うと、今まで漫然と生きてきたつもりはないが、

確実に失いたくない、または失う事に僅かながらでも

不安や恐怖を感じるのが「時間」。

その時間が、もし仮にいま自分が病気に侵されていて、

確実に生きていられる残された時間が見えていたら、

不安や恐怖感が最大値になるわけで、

仮に自分で実現したい事や、やりたいことがあったとすれば、

今やらなければいけない事の優先順位がガラッと変わる。

変わるという事は自分から能動的に行動する。

 

それがたまたま健康でいて残された時間に緊急性が見えないものだから、

優先順位を変えず、ただ昨日と同じ暮らしを繰り返すことで安心感を得る。

ただ気づいていないことは、同じ暮らしや安心感は、その判断基準で言えば、

繰り返していくことで確実に減っていく。

 

そうすると今度は残された時間と天秤にかけ、

その時間をただ同じ毎日で消費することに、じわじわと恐怖感を感じることになる。

それが人によって20代なのか30代、40代なのか、

もしくは死ぬ間際になって気づくのか。

 

一番最悪なのは死ぬ間際になって気づくことで、

その時は恐怖感や不安感は、どんな時に感じるより最も大きい恐怖を感じると思う。

 

その最も大きい恐怖感を日常的に実感できるかどうかで、

物事の優先順位を変え、行動するパワーに転換できるはず。

ところが残念ながら人は目先のどうでもいい小さなことに翻弄され、

人の行動や目や考え方や動向ばかり気になり、基準を外側に求めがちで、

自分自身を内観することをおろそかにしていることが多い。

 

会社がどうの、組織がどうの、家族がどうの、恋人がどうの、親がどうの、、、

 

いざ自分が死ぬ間際になっても、

その人たちが自分の時間を取り戻させてくれるわけではない。

自分が行動しない理由をまわりのせいにして、

自分自身で自分の人生を生きていないだけ。

 

自戒の念をこめて。

自分はまだまだ自分の人生を生きていない。

自分はまだまだ恐怖感を実感し切れていない。

 

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